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2020年代の大きな物語 〜AIの本格的到来と杞憂の民〜

創作活動は農耕を経て狩猟の世界へ

StableDiffusionやChatGPTの登場により、創作活動が効率化されつつある。そしてこの進化の延長で、AIが大量の作品を生成できるようになることは想像に難くない。AIが創作活動の根幹を担うようになると、人間の役割は生成のパラメータのチューニングになるだろう。複数のパラメータをAIに与え、大量に作品を生成する。そして、大量に生成された生成物の収穫・選別を行う。したがって創作活動は農業的な世界になる。

さらにAIが進化すると、AIは人間の指示を受けることなく絶えず作品を生成し続けるようになる。人間は良質な作品を生成するAIを探し求めて、AIをハンティングするようになる。もはや創作活動は農業世界、すなわち人間の介入を離れ、自律的な世界になる。その世界では人間はハンターとして、狩猟に勤しむようになる。

ホワイトカラー世界の侵略

創作活動と同様に、ホワイトカラーがやっている仕事もAIが出来るようになるだろう。AIによって生産力が飛躍的に増大し、少数の人間とAIで仕事をしたほうが効率が良くなる。資本家は効率よく儲けるために、人間を解雇し、AIに投資するようになる。むしろ人間は資源最適配置問題に組み込まれ、AIの計算によって働き方が最適化されるようになり、すなわち人間がAIに使われるような労働スタイルになる。

そのような社会を人間社会が受け入れられるだろうか。そのような社会では、人間の尊厳が重視されるようになる。例えば、日本には人間中心のAI社会原則があり、1.人間の尊厳が尊重される社会(Dignity)、2.多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity & Inclusion)、3.持続性ある社会(Sustainability)を基本理念としている*1。もしかしたらヨーロッパはAIを禁止してAIによる社会変革を受け入れないかもしれない。または、企業に対して人間を雇うノルマを設定するかもしれない。

落合陽一のAI+VC層とAI+BI層

落合陽一によると*2、AIが発達した社会では、人類はAI+VC(ベンチャーキャピタル)層とAI+BI(ベーシックインカム)層に分かれるという。AI+VC層は先進的な資本家、エンジニア層で、人工知能を活用してイノベーションを推進する。AI+BI層は政府からベーシックインカムを支給され、AIの指導のもと、そこそこ幸せな生活を送る。

これを実現するのはオープンソース的な資本主義だという。資本主義によるプラットフォームのキャピタルゲインの余剰が新たな領域に投資される過程でソースコードが投下され、オープンソースとして新たな技術の源泉となる。そしてプラットフォームもオープンソース技術の取り込みなしでは成り立たない。このように資本主義とオープンソースは切り離せない関係となっている。

オープンソース的な資本主義では、イノベーションが短期間でリセットされゼロベースの競争を余儀なくされるという。オープンソースの共有は共産主義的な平等をもたらすのではなく、むしろ資本主義の極限にいるような、技術イノベーションを目指すスタートアップが多数登場する。しかし、オープンソースによるコモディティ化とプラットフォームによる寡占によってほとんどのスタートアップはシードからシリーズAを突破できず、何度も挑戦を強いられる訳だ。これを支えるインフラとしてBIが導入されるというわけである。

デジタルネイチャー*2から引用

しかし、筆者が思うに、オープンソースだけでは社会を高速に回せない。なぜなら、人間社会を支えるインフラのITは、失敗すると人が死ぬからである。どれだけ技術が進化しても、安全を保証するプロセスのコストがかかる。それには物理世界の実験が必要であり、人件費がかかるため限界費用をゼロにできない。すると企業はそれらの費用を回収するために、フリーライダーを許さず技術をクローズドにしなければならない。

また、落合陽一はブロックチェーンICOに使用されるトークンを活用して貨幣システムを拡張、評価経済を導入することで、市場を全体最適化できるという。しかし、筆者が思うに、トークンによる市場介入は、同時に通貨価値の不安定さをもたらす。価値が安定しない通貨は日常の暮らしに影響を与え、消費意欲を減退させ、人々をストレスフルにする(一晩寝て起きたら何倍にも何分の一にも価値が変動する通貨で安心して生きていけるだろうか)。

見かけの分散社会

落合陽一の提唱するオープンソースの精神は理解できる。しかし、オープンソースソフトウェアの開発は分散的だろうか。開発は一部のコミッターに委ねられている。また、オープンソースによるシステムを活用している全員がプログラマであるわけではない。システムを利用する人が自分でオープンソースソフトウェア開発にコミットし、システムの運用を維持する〈受益者負担型〉システムは果たして実現可能だろうか。

さらに、落合陽一はトークンによる市場介入や評価経済に期待を抱き過ぎに思える。トークンの不安定性は日常生活に影響を与えるのは間違いないので、法的に規制される可能性が高い。トークンのシステムは非中央集権的だと言うが、分散しているのは計算リソースだけであり、オープンソースソフトウェア開発にコミットしている人や換金所を運営している人間はごく一部である。

もし、オープンソース的な資本主義ではプログラマーのみが競争に乗ることができ、プログラマー以外はBIで慎ましく生きろと切り捨てるのであれば、その考えは社会に受け入れられないだろう。

オルタナティブとしてのちきりんのBI

AI+VC層とAI+BI層に分かれる社会は来ないのだろうか。筆者が思うに、資本主義を乗り越えない限り、投資家は稼いだ余剰を再投資するサイクルが繰り返される。資本家は効率よく儲けるために、AIに資本を集中し、人間は徐々に減らされる。生産性が極限まで向上した世界が来る。

しかし、失業は治安を悪化させ、市中に回る通貨が減ると不景気になる。これを抑制するためにBIが導入される可能性はある。ちきりん*3は、高生産性化した社会では、価値を出していない人は働かないでくれと頼まれる時代が来るという。

だったらそういう人には、今と同じだけの給与を払うので、働くのは止めてもらう――そうするほうが社会全体としてはトクだということになります(図3)。

ベーシックインカム制度を導入したとき、そういう(働くことで社会にマイナスの価値を出している)人の一部でも「働かなくても金がもらえるならオレは働かない!」と考えてくれるなら、社会全体としてはそのほうがトクになります。つまり価値を出していない人は今後、「給与分の金は払うから働かないでくれよ」と頼まれる時代がくるのです。 ちきりん, "ベーシックインカムを福祉以外の理由で支持する人たち『自分の時間を取り戻そう』第1章より",ベーシックインカムを福祉以外の理由で支持する人たち | 自分の時間を取り戻そう | ダイヤモンド・オンライン

2023年のAI技術にアラインさせれば、AIを使いこなし、生産性を高く仕事をこなせる人はAI+VC層として生きていくが、そうでない人はAI+BI層として生きていくということだろう。落合陽一の言う、AIが構築した仕組みの中に人間が組み込まれるという世界観を合わせると、人間は中学生くらいで「労働者」としての適性を判断され、働く人と働かなくていい人に選り分けられるような世界になるのではないか。もはやBIは挑戦のためのインフラではなく、階層の固定化に繫がるものになりかねない。

私たちは杞憂の民

ところが、ここまで書いておいてなんだが、筆者はこういった未来予想は当たらず、AIは幻滅期がくると考えている。このような未来予想は得てして人間社会のバックリアクションを考慮しておらず、プローブ的な考察だからである。人間は自分達の幸福を最大化する生き物であり、障害があればルールを変えてしまう生き物であることを皆忘れている。

東浩紀の論文*4にもあるが、技術でなんでもかんでもうまくいくわけではない。コロナだってほとんどうまく対処できず、精々リモートワーク環境とUber Eatsが整ったくらいだ。オープンソース活動をきっかけに開発された新型コロナウイルス対策のスマートフォン向けの接触確認アプリ「COCOA」のAndroid バージョンは4ヶ月の間通知機能が動作していなかった。

xtech.nikkei.com

そういえばAIの顔検出と組み合わせた体温を測る装置はどれくらい正確なのだろうか。なんだか様々な場所で導入されていたが、精度に関する疑義はほとんど出なかったように思う。あれもほとんどおまじないだと思う。

結局、StableDiffusionやChatGPTが登場したものの、一部の職業の一部の働き方が変わるだけで、世界は急激に変化しない。特にBI議論のような、ユートピアだとかディストピアだとかいった議論は地に足がついていないSF的議論だということを心に留め置く必要がある。

コロナ禍が終息しつつある2020年代は再びAI技術礼賛の大きな物語に包み込まれつつある。しかし、私達は技術に根拠のない期待や失望をする杞憂の民になるのではなく、目の前の小さなイシューに地道に取り組むべきである。

以前人類学に関する対談動画を見ていたのだが、この中で最も重要だと感じたのは、「研究が進んで過去の定説が塗り替えられたとき、我々はどうして今までそのように考えていたのかを振り返るフェーズが来る」という話である。AIに関する未来予想も時が経れば、どうしてこんな予想をしたのか、という振り返りをする時が来る。そしてなんと根拠薄弱な予想をしていたのだろうと思い知るのだ。

newspicks.com

*1:内閣府, "人間中心のAI社会原則会議", https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ningen/ningen.html

*2:落合陽一, "デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂, " PLANETS/第二次惑星開発委員会, (2018/6/15).

*3:ちきりん - Wikipedia

*4:東浩紀, "ハラリと落合陽一 シンギュラリティ批判", 文藝春秋, 2022年5月号.